MilesTAD’s Blog

自分の一生涯の趣味として続けているオーディオのブログです。

スクリューの締め付けトルク値

 

 

 自分の気の向いた時に書いている備忘録を兼ねたブログですが、時々、遠方のオーディオマニアの方からの書き込みがあったり、外国人が質問をして来たりします。

先日も書き込みがあって「TAD 1601b ウーファーの締付けトルクはどれくらいが適正でしょうか?」という、私と同じTADユーザーからの質問でした。

ブログのコメント欄ではスペースが足りないので、後でメールで詳細説明をしました。 

自分の現役時代の知識はまだ少しは覚えていますが、あと数年もしたら「締め付けトルクって、、、?」という悲しい状態になっている可能性も考えられますので、自分の備忘録も兼ねて、今回これを書いておこうと思います。

 結論から述べると「TAD 1601b ウーファーの締付けトルクは、1.5 N・m〜3 N・m 」、これ以上は締め過ぎと理解すべきです。 これはスクリューが「M5 並目ネジ」で、バッフルの材料がアピトンやバーチなど硬い合板の場合です。

 オーディオマニアにとって、ウーファーの取り付けスクリューの緩みは気になるので「できるだけ強く締めておく」という意見は、オーディオ仲間でも多い様です。 10cm〜25cmくらいのウーファーなら「付属の木ネジ」でも十分かも知れませんが、30cm以上の口径になると、爪付きTナット、あるいは鬼目ナットを使います。 我家で約10年間使って来た Rey Audio RM-6V はアピトン合板製で「鬼目ナット」が使われていましたが、このハイエンドSPシステムに使われていた鬼目ナット(亜鉛合金製)は、いささか脆弱でした。

 爪付きTナットも鬼目ナットも「ステンレス製」の製品が市販されているので、サビを嫌う人はステンレス製を選んでも良いのですが、スクリューの材料とは異なる材質を選んで使う必要があります。TADやJBLには黒色(クロモリ製)スクリューが使われていますが、これをステンレス製M5スクリューに変更する場合、特に高トルクで締め付けると「カジリ (Galling)」が発生し、最悪の場合、まるで溶接された様に緩めることができない事態を引き起こします。スクリューと鬼目ナットは必ず「異なる材質」の製品を使う必要があります。

「締め付けトルク値」に関しては、ネット上にある「JIS 締め付けトルク一覧表」を参照すると思います。ネット上のトルク一覧表には「基準T系列」だけしか記載されていない場合もあるので、これでは少々情報不足と言えます。

下記の一覧表は、用途別のトルク値が記載されたものです。

昭和世代の人は「kgf・cm」が馴染み深いですが、現在では SI系単位の「N・m」が標準です。 10.2 をかければ旧来の「kgf・cm」に換算できます。

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締め付けトルク表

この一覧表をどう読めば良いのか、というと、、、

 一番左側にある「基準T系列」は、スクリューを締めた時の「軸力」トルク値ですが、これは「どんな材料を締め付けるのか」は考慮されていません。 それを明確に規定しているのが右側に記載されている「0.5系列」「1.8系列」「2.4系列」です。

「0.5系列」は電気系の部品(プリント基板、プラスチック部品、銅、アルミ等の部品)向けのトルク値、「1.8系列」は自動車関連の鉄製部品(エンジン、ブレーキ等の部品)、「2.4系列」は建設関係の部品用の基準トルク値です。

 オーディオマニアが知っておくべきSPユニット向けの推奨値としては、木製バッフルに15インチウーファーを取り付ける時のM5スクリューの場合は「0.5系列」の「1.5 N・m」が正解です。締め付ける材料が「アルミフレーム+木材バッフル」であることから、1.5 N・m〜3 N・m を許容範囲としておけば大丈夫です。  

 機械工学的にいうと、スクリューを回わすことによって、軸(全長)方向に伸びが発生し、これが縮まろうとする力(弾性)によって緩みを防いでいます。しかし全長の短いスクリューの場合は伸び代が少ないため、対策としてスプリング・ワッシャーを入れて軸方向の伸び(弾性)の代りにしています。

SPユニット用のスクリューの場合は(バッフルの厚みが100mmもある様な場合を除き)伸び代となるべきスクリュー全長が短く、スプリング・ワッシャーもないので不利な状態です。木製バッフルにある程度の弾力があるので、規定トルクで締めていればスプリング・ワッシャーの役目をしてくれますが「できるだけ強く」で締めてしまうと、この弾力も失われ、その結果、緩みやすくなってしまいます。

強く締め過ぎたために木製のバッフルが厚み方向に圧縮され、これが一年後には圧縮されたまま元の厚みに戻らない状態(塑性変形)になっているのが原因、、、回転方向に緩んでいるのではなく、実際にはバッフルの厚みが圧縮されて薄くなってしまったのが原因と考えられます。(スクリュー頭とバッフルに1本線を引いておけば、回転方向に緩んだか否か、一年後に確認できます) ちなみに、前述の「1.5 N・m」の様な、弱いトルクで締めておけば、一年経過しても緩みません。

一年後に確認し「何となく緩んでいる気がする」という程度の緩みの場合は、ネジ緩み防止剤LOCTITE(ねじロック222)を使っておけば完璧です。この場合、必ず「低強度」を使うことが必要で、「中強度」以上を使った場合は二度と緩められなくなる危険性があります。

正確な締め付けトルクを求めるなら、トルクレンチが一般的ですが、車のホイールを締める場合ならともかく、オーディオ用途では使い方によってはウーファーの振動板を傷める危険性があるので「トルク・ドライバー」の方が推奨されます。 プロ用は1万円程の価格ですが、一年に一回使う程度なら差し替えドライバーの先端に取り付ける「トルク・アダプター」で十分です。

 世間のオーディオマニアに「スクリューが緩む原因は?」と問いかけると大方は「ウーファーの振動」と答えると思います。しかし、38cmウーファーの振動板(質量100g程度)が大音量時に±3ミリ程の短いストロークで発生させる振動エネルギーで、M5のスクリューが緩むことは考え難いと言えます。

自動車部品を例にすると、重量が 1 kg 程ある「ピストン+コンロッド」が、70〜90ミリの長いストロークで激しく上下し振動する車のエンジン、あるいは1個の重量が 10 kg を超える「タイヤ+ホイール」の路面からの振動衝撃を保持するサスペンション、これらと比較すれば、大音量時のウーファーの±3ミリ程度の短いストロークによって発生する振動は、非常に弱い「微振動」に過ぎず、M5スクリューが緩む可能性は極めて低いと言えます。

 アピトン合板の様な重く硬い木材を使っている場合のスクリュー緩みの可能性は、、、アピトン合板とバーチ合板の比較をしてみると、比重はアピトン合板が「0.78」バーチ合板が「0.72」でほとんど同じです。 木材の硬度は、おそらくブリネルの類の硬度計で測定すると思いますが、自分で木材を硬度測定した経験はないので「アピトン合板の方が硬い気がする」としか言えません。(丸ノコで切断している時に、その様に感じられます。)

ネット上で、アピトン合板やバーチ合板のヤング率や圧縮強度のデータを探してみましたが、発表されていたのは国産材、及び住宅建築用の柱などに使う目的の木材だけでした。

 なお、強いトルクで締めた場合と、弱めのトルクで締めた場合、これら2つのケースの「音質の違い」の評価は、オーディオマニア諸氏の試聴記を楽しみに待ちたいと思います。

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木材の強度データ(林材協会連合から抜粋)